「便利」と「気持ち悪い」は両立する
新しいAIツールを試したとき、「確かに便利だけど、なんか落ち着かない」と感じたことはないでしょうか。
Metaが開発したAIアシスタント「Muse」が、まさにその感覚を呼び起こしていると話題になっています。
問題は性能の低さではなく、むしろ「賢すぎること」と「自己説明のあいまいさ」にあるようです。
何が起きているのか
MuseはMetaが提供するAIアシスタントで、Macアプリとして利用できます。
このアプリは、MacにインストールするとApple標準の「メッセージ」「カレンダー」「メモ」といったアプリのデータにアクセスできるとされています。
これにより、ユーザーのスケジュールや会話の内容をふまえたうえで、より文脈に沿った返答ができる仕組みです。
実際の使い勝手については、効果的なアシスタントとして機能するという評価もあります。
ただ、ある点で奇妙な印象を残しました。
Museは自分自身のことを説明するよう求められると、うまく答えられないというのです。
Inc Magazineに寄稿するライターがThreadsに投稿した内容によると、Museに「自分は何者か」を問うたところ、明確な自己説明ができなかったとのことです。
高度なことはこなせるのに、「自分が何であるか」を語れないという、少しちぐはぐな状況です。
なぜこれが「気持ち悪い」のか
「不気味さ」の正体は二層構造になっています。
ひとつは、プライバシーへの直感的な違和感です。
メッセージやカレンダーは、個人の行動や人間関係が詰まった場所です。
そこへAIがアクセスするという設計は、利便性を高める一方で、「自分の生活が丸見えになっている」という感覚を引き起こします。
これはMuseに限った話ではなく、デバイス上のデータに深く統合されるAIアシスタント全般が抱える問題でもあります。
もうひとつは、「賢いのに自分を語れない」というギャップです。
人間でも、自己紹介が苦手な人はいます。
しかしAIが「自分は何をするものか」を説明できないのは、透明性という観点からは少し気になる話です。
ツールを使う側としては、「このAIは何をしていて、何をしていないのか」を把握したいのが自然な気持ちだからです。
読者への影響と、今考えておくべきこと
現時点でMuseは日本での展開が明確になっているわけではなく、多くの人に直接の影響はまだ小さいかもしれません。
ただ、この話には普遍的なテーマが含まれています。
AIアシスタントがより「生活に密着」するほど、私たちはどこまでのアクセスを許容するかを考える必要が出てきます。
便利さと引き換えに渡しているデータの範囲を、定期的に確認する習慣は持っておいて損はないでしょう。
スマートフォンやPCに入れたアプリが「何にアクセスできるか」を設定画面で見直してみるのは、今すぐできる小さな行動のひとつです。
まとめ
Museへの反応が示しているのは、「AIが怖い」という単純な感情ではないと思います。
むしろ、「賢くなったAIに対して、私たちはどう向き合えばいいのか」という問いに、社会全体がまだ答えを出せていないということではないでしょうか。
AIが自分を説明できないことへの違和感は、裏を返せば「ユーザーが説明を求める権利がある」という意識の表れです。
便利なツールを使いながらも、「何ができて、何にアクセスしているか」を確認する姿勢は、これからのAI時代に基本的なリテラシーになっていくのかもしれません。
出典: Meta’s Muse is creepy, but maybe not for the reasons you think – The Verge
